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米一粒仏七体

個人的備忘録です

※ネタばれ注意※ヱヴァQの感想吐き出します。

 さて、行って参りました『ヱヴァンゲリオン新劇場版:Q』
 EVAに心を奪われたのは中学生時代、映画は『Air/まごころを君に』から、新劇場版の『序』『破』と、ずっと付き合ってきましたが、今回の『Q』はまた格別でした。 観終わって丸一日が過ぎましたが、まだ自分の中の感想は全く整理しきれておりません。吐きたい言葉は自分の中でとぐろを巻いていますが、一体何を吐けばいいのか。何と叫べばいいのか。皆目見当つかない状態ですが、言葉にできることを端から並べて行こうと思います。
 ネタばればかりですので、未見の方はご注意下さい。
 感情に任せて整理できていな感想を並べますので、読みにくい文章になるでしょうが、どうぞご容赦を。

  • シンジ君フルボッコ:テレビ版→旧劇の伝統というべきでしょうか。主人公の碇シンジは今回もまた酷い有様でした。旧劇では、様々な人物に発破をかけられながらも、結局最後まで自分の意志でEVAに乗ることができませんでした。
     その反省か、新劇の破では今までのイメージを払拭するかのように強い意志を持って能動的に戦い、最後の第10使徒戦で謎の覚醒を起こし、吸収されかけていた綾波レイを救い出します。誰もが望んでいた主人公としての振る舞い! と喜ばれる半面、こんなのシンジ君じゃない、と叫んだ視聴者も多かったようです。
     そして今作。シンジが目を醒ますと、なんと14年の時間が経過がしていました。世界はサードインパクトによって崩壊し、ミサト達はネルフに反旗を翻し、主観時間では第10使徒戦の直後であるシンジは今浦島です。
    スワンプマン」という哲学の思考実験があります。ある男が沼にハイキングに出かける。この男は不運にも沼のそばで、突然 雷に打たれて死んでしまう。その時、もうひとつ別の雷が、すぐそばに落ちる。なんという偶然か、この落雷は沼の汚泥に化学反応を引き起こし、死んだ男と全く同一形状の生成物を生み出してしまう――というものですが、物語の中のシンジの状態はこのスワンプマンと全く同じです。
     大人達――ミサトやリツコにとって、14年前にシンジはレイと共にエントリープラグの中で溶解・死亡しており、『Q』の主人公であるシンジは、故人が初号機の力で再現されたものに過ぎない、というのが、ミサトら大多数の大人達の視座からの共通認識でしょう。
     作中、幾度もシンジに周囲の人間が現状を解説するシーンがありました。私も観賞しながら、「そうそう、それが知りたかった」と主人公に共感できたのですが、シンジを取り囲む現状は知れば知るほど絶望的です。世界は破滅し、自分はその戦犯に祀り上げられ、「世界がどうなってもいいから、綾波だけは助ける」と、『破』で命を懸けて助けた筈のレイは初号機に溶けて死亡しています。
     シンジは見ていてイライラさせられるキャラではありましたが、今作に限って言えば、十分に同情に値する悲惨な状況です。カヲルの制止を振り切って槍を抜いたのが軽率だという声もあるでしょうが、現状を省みれば、最後の希望として槍に逃避したことはそう責められる程の過ちだったとは思えません。寧ろ、その陥穽によってカヲルを失い、フォースインパクトを起こしかけた重責で廃人同様になってしまった最後の姿こそ哀れです。
    •  キャラの同一性にの保持について:先ほどスワンプマンの例を出しましたが、今作は14年後ということで、ほぼ全てのキャラが過去のEVAシリーズに無かった大幅なモデルチェンジを受けています。
       ミサト達発令所組は、加齢を感じさせるモデルチェンジの後、新メンバーを加えてヴィレの構成員へ。碇ゲンドウキールローレンツの眼鏡をかけていますし、アスカは眼帯をしています。一番変化が少ないのがマリでしょうか?
       14年という時間経過が人に与えるものは、外見変化ではなく、内面の変化だと考えられます。今までのEVAシリーズでオトナとして描かれてきたミサト達ですら、当時20代。14年の歳月は人柄を変えるには充分過ぎる時間でしょう。(そして当然、空白の14年間は凡庸なものではなく、世界規模のカタストロフと、ネルフからの離反を決意させるだけの重大な真実に触れた激動の14年間だったでしょう)
       大人達の変化の象徴的な人物が、ヴンダーの艦長であるミサトでしょう。陽気な一面はすっかり内に隠し、冷徹な艦長として振る舞っています。今まで弱さの象徴のようでもあった父の形見のペンダントも見つけられません。EVAに『戦ってもらう』存在だったミサトが、自ら『戦う』存在へとシフトチェンジしたのです。シンジに自爆用の首輪をつけるも、スイッチを押せないところに、今までの弱いミサトの片鱗が見えて、少しだけ安心しました。
       逆に、一番変化しないように見えたキャラが、ゲンドウと冬月のオヤジ組です。特に、冬月とシンジの将棋のシーンなどは良かったですね。ゲンドウは旧劇では、冷徹に見えてもシンジと同じ弱さを抱えた人間でしたが、今作ではカヲルを罠にはめ、ミサトらを敵に回しても孤軍奮戦するリリンの王です。その内面が一体どんなものなのか。旧劇同様、結局ユイ独りに執着するキャラなのか。ある意味一番先が気になるキャラですね。
       チルドレン達については後述します。

    • リセットされ続けるレイ:『序』で微笑み、『破』でぽかぽかして、死亡フラグが立ったところを颯爽とシンジさんに救出されて、EVAシリーズメインヒロインの座を射止めたかと思った綾波レイでしたが、なんとサルベージされずに消失、今回登場したのは別個体のクローンでした。ぽか波さんは一夜の幻と消えたのです。
       そも綾波レイとは、無感情で非人間的なキャラクターでした。TVシリーズでも、自我と感情に目覚め始めたと思った所で、アルミサエルと共に自爆し、感情経験値がリセットされた三人目に強制交替します。
       旧シリーズでは、そのままEOEで巨大綾波と化し、最後まで感情移入から遠いキャラという在り方を全うします。
       新劇場版でこそ、正統萌えキャラとしての綾波レイが見れるのでは――そう期待していた層には、今回の展開は失望を与えるものだったでしょう。
       ですが、「これが、レイなんだ」という庵野監督の内なる声を聞いた気がします。
       今回登場した新たなレイ――本も読まず、能動的な行動を一切起こさず、命令と、『綾波レイならどう行動するか』の追求を行動原理とするレイは、TV版の二人目のレイの拡張的存在である、「ぽかぽかレイ」と対極の、TV版の三人目のレイの拡張的存在であるように感じます。このレイ(以降黒レイ)がどんなキャラに成長するのか非常に楽しみです。
       あと、初号機に溶解したぽかぽかレイも、次回の展開次第では、再登場ワンチャンあるかも……う~ん……。
       

    • 今までアスカと似て非なる眼帯アスカ:今回、一番活躍が印象に残ったのがこの眼帯アスカでした。EVAの呪いで齢をとることができないという重大な追加設定が発覚しましたが、その設定を地でいき、外見は片目に眼帯をしただけの今まで通りの式波アスカですが、その年齢は28歳、過去作のミサトと同い歳です。
       ですが、その言動、行動、立ち振る舞いは余り年齢を感じさせないものでした。EVAの呪いは精神にも作用するものなのか、意図的にそうしているのか。  穿った見方ですが、数多くのアニメキャラの中でもTOPクラスの人気を誇る式波・アスカ・ラングレーは、これで永遠に14歳の偶像としての地位を手に入れたとも言えます。
       ただ、当然存在するべき14年間という時間による隔絶はしっかり描かれていて、アスカから見ればシンジは別人だけど、故人が蘇ってきたと思いたい部分が自分の中にあって、その間で揺れていることが殊更に強調されていました。
       アスカは旧作からシンジに対するヤンデレじみた一面が有りましたが、今作でもそれは立派に健在でした。シンジを「ガキシンジ」となじり、「助けてくれなかったくせに」と恨みごとを吐く。これぞアスカという一面です。
       シンジが目覚めて、ヴィレの誰もがシンジを人間扱いしない中、アスカだけがシンジを人間として扱っていた気がします。
       「綾波シリーズの初期ロット」や、「リリンは入れない」など、性格にはあまり変化がないものの、色んな知識は持ってそうですね。 
       アスカがシンジの手を引いて歩き、その後にレイがついていく、ラストシーンは印象的でした。アスカはやっぱり素敵なツンデレキャラです。


    • マリ:精神的には最強キャラですね。飄々としながら強かに生きる姿には好感が持てます。破でさんざん只者ではないことが暗示されていたキャラですが、今作でもその正体は明かされず、アスカとタッグを組んで楽しそうにやってます。あのゲンドウを「ゲンドウ君」呼ばわりする辺り、実は最古のチルドレンでゲンドウ、ユイらと同級生だったりしたら面白いのですが。マリに関しては、どう転んでも割りとすんなり受け入れられそうな感じです。




    • ホモホモしそうだと思ってたけど、やっぱりホモホモしかった渚カヲル。テレビ版の実質最終話のみに登場する謎に満ちたキャラでしたが、『Q』でも物語面で余り大きな活躍はしなかったように感じます。
       シンジの内面描写を補完するような動きが殆どでしたね。
       『破』のラストで、Mark6と共に鳴り物入りで登場するので、当然Mark6関係で大暴れをするものかと思っていましたが、全然そんなことなくて、シンジと共に13号機に乗り込み、罪を背負って爆死するという、TV版と非常に似通った形の退場となりました。(TV版はアダム→リリスと騙されたのですが、今回はカシウスの槍→ロンギヌスの槍でしたね。それが如何なる意味を持つのかが明瞭分からないところも相変わらずです)
       カヲルは第1使徒で有りながら、Mark6に憑依していた第12使徒に落とされることによって、第13使徒を兼任?することになったようですが、旧シリーズでは、人類が18使徒リリンでした。今回は使徒の番号は13で打ち止めらしいので、これは人類が使徒のナンバリングから外れた、ということを意味しているのでしょうか? 正直この辺りはよく分からなかったので、まるで的外れな考察だったらすみません。
       「また会える」という死に際の意味深なセリフ。『序』『破』でのセリフも相まって、EVAが旧作から通したループ世界であり、カヲルはその俯瞰者であるという、各所でよく見る考察が真実味を増した気がします。


    • 機動戦艦ヴンダー:序盤の目玉はこれでした。幼少期に宇宙戦艦ヤマトが大好物だった私としては、興奮が止まりませんでした。「フライホイール始動」などの台詞、明らかに機関長の徳川さんを意識したかのような新キャラ、各所にヤマトや過去の宇宙戦艦アニメをリスペクトしたかのような形跡が見えます。
       このヴンダー、好き嫌いが非常にはっきりと分かれるでしょうが、私は好きです、評価します。
       そも、新世紀エヴァンゲリオンという作品の初期は、大怪獣(使徒)を人型ロボットでやっつけるという、ロボアニメでした。それが、大怪獣の正体が人の亜種であり、人型ロボットが、人型に形成して制御できるような大怪獣だった、という幾重にも交錯する敵見方の正体や本質の謎が、この物語の魅力でしたが、このヴンダーまで来ると、要するに超スゲー初号機コアパワーがあるんで、それを電池にした空飛ぶ巨大戦艦に仕上げたぜ! という一種開き直りじみたものまで感じてしまいます。
       もう、(私を含めた)観客の視点からすると、EVAとはどんなものなのか、大体分かりきってるわけですよね。だから今回のような、9号機や13号機のようなトンデモデザインの存在でも説明抜きですんなり受け入れられます。(勿論、ATフィールドを持たない13号機が一体何だったのか、のような謎は残りますが)その上で、矢張り初号機が物語の鍵となる存在なのは間違いないのですが、今回初号機の登場は一度も無し。謎の解明は次回に持ち越されそうです。


    • 要するに、空白期に何があったのか? 前作との整合性は?:見ていて幾度も思ったのは、「破の次回予告と全然内容違いますよね! ってかそもそも破からきちんと内容繋がってますか!?」ということです。
       同様の感想を持たれた方も多いらしく、web上では様々な考察や論争が飛び交っていて、とても興味深く眺めています。

      【これは凄い】「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」 スレ住人の考察が面白い!

      ざっと思い返してみても、破のラストで初号機に刺さった筈の槍が、どうしてMark6に刺さってるの? とか、あの時あれだけ気合いを入れて再構築したぽかぽかレイがどうして消失しちゃったの、とか?(これに関してはTVシリーズをなぞってているので、そう不思議はないのですが、シンジ覚醒をTVシリーズの流れから外れる特異点っぽく描いていたのが台無しになったのは確かだと思います)
       リリスがどうとか、サードインパクトがどうとかは、「14年間で色々あったんだよ、ごたごた言うな」と強弁すればなんとかなりそうな感じですが、一番の違和感は、直接的な整合性の有無というより、メタ視点での違和感――「序、破、といい感じで盛り上がってきた流れが、全部ご破算になっている」という所でしょうね。
       それが庵野のシナリオなんだよ! と一言で片づけるのが一番スマートな解決なのでしょうが、観客の視点から見ると、『どうしてこーなってるの!?』と解説が欲しくなります。Qがどこまでも観客=シンジの視点で進行する以上、どうしようもない現状に対して、こうなるべき必然があったのだという、理屈付けが欲しくなります。
       主人公のシンジは、本質的には序、破のシンジと同一人物ではありません。Qという物語に対して間違っているのは、変わり果てた世界の方であるとも、変化に取り残されていたシンジの方であるとも言えます。
       ここまでのこんがらがった状況だと、『夢オチ』『パラレルオチ』が頭を過るのは多くの観客の順当な反応だと思いますし、監督の計算でもあると思います。

    • 詰まる所、一言で言えば私達はまた庵野に一杯喰わされたわけですが。
       ご覧になった皆様は、このヱヴァンゲリオン新劇場版:Qを楽しめたでしょうか?
       私は、というなら、非常に、この上無く楽しめたのいうのが偽りない本心です。序も楽しめましたし、破も素晴らしいエンタメとして楽しめました。ですが、このQは、リアルタイムでEVAを心の底から楽しんでいた、中学生時代のような高揚を覚えました。作中の台詞ではありませんが、15年ぶりです。 
       15年前、旧劇場版「Air/まごころを君に」でも、庵野は観客に一杯喰らわせました。多くの観客が見たかったであろう物語の決着を回避し、精神描写とメタ・抽象表現で物語を終わらせました。このことに対して、怒りや失望の声も多かったことを記憶しています。
       勿論、評価する声も多かったのですが、結局のところ、EVAは良い悪いではなく、自分で解釈するものだというような、どこかの哲学者の言葉のような扱いに収まったのが、旧劇である――というのが、私の平凡な解釈でした。
       中学生時代から捻くれていたせいでしょうか。それとも多感な人格形成期にEVAなんぞに嵌まったせいでこんな人間へと成長したのでしょうか。15年前、旧劇場版を見た時に、理解が追いつかないながらも、解かろうと必死で頭を動かしながら見た時の興奮を覚えています。
       意味不明な設定と、意味深な台詞の数々、そして、観客を置いていく猛展開と、それに何とか追いついていこうとしがみ付いていこうとする緊張。最初から分かり切っている物語をなぞる序・破とは違います。全くの未知を読み解こうとする感覚。
       私にとっては、「これぞ、これこそがEVAだ」という感覚でした。
       観終わってから、幾つもweb上の感想を漁りましたが、思った以上に自分と同じ感想の持ち主がいて、同士に出会ったようで嬉しくなりましました。
      ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q 15年ぶりに僕たちのエヴァが帰ってきた!
      『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』感想

      間違いない。エヴァだ――『ヱヴァンゲリオン新劇場版:Q』(ネタバレ)

       当然、今回の新劇場版Qは、過去の旧劇場版を超える多くの批判が向けられることが予想されます。序、破、に続く流れを期待していた観客に対する裏切りであると、怒りの声が上がることでしょう。ですが、私達のように、「これぞEVAを見たという感覚」を喜ぶどうしようもない層も大量に存在しています。
       この対極的な二種類の反応も、きっと庵野監督の予想の範囲内であることに、居心地悪さと同時に快感を覚えてしまうあたり、私はやっぱりどうしようも無いEVAファンです。
       今回も、旧劇で大量に籠められていたような、監督から観客に対するメタメッセージをひしひしと感じることができました。
       他の人間が齢を重ねているまま、14年前に停止したままのシンジ。ここに、EVAという十数年前のコンテンツへ執着している観客への、庵野監督の皮肉めいたメッセージを私は受け取りました。
       アスカ、ミサト、ゲンドウ、カヲル。どのキャラクターからも、幾通りものメッセージを解釈をすることができます。この解釈行為を楽しめる方は、間違いなく新劇場版:Qを楽しめているでしょうし、解釈に左右されない物語の決着を求めていた方は、今回の展開に憤っているでしょう。

    • なんか、EVAの二次創作を見たような感覚でした。インターネットが普及し始めた1990年代終盤から2000年代頭、雨後の筍のように大量にEVAの二次創作サイトがweb上に出現しました。現在のようなwebインフラが整備されてない中、情熱だけを糧にして、決着のつかなかったエヴァンゲリオンという物語に自らの手で幕を下ろさんとせんとした同人作家の方々による、パロディ小説が山のように現れたのです。
       勿論素人のファン小説です、出来栄えは様々でしたし、その後時間の流れと共に数を減らしてきましたが、傑作も数多く、私がファンフィクションの世界に興味を持ったのも、この時期でした。
       この時期から今に至るまで、私が一番好きなファンフィクション小説も、EVAのパロディ小説で、その名も奇しくも『Genesis Q』でした。
       『Genesis Q』は非常に素晴らしいEVAのパロディ小説ですので、もし興味がお有りの方は是非ご一読下さい。

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       と、話題が横に逸れました。
       その頃に大量に存在したEVAのパロディ小説を貪るように読んだのですが、その中には、原作には存在しないオリジナルキャラクターが登場するものや、EVAの新機体が登場するもの(複座式の新型EVAが登場するものも存在しました)、更にはEVA本編から14年が経過しているものまであり、今回のQの展開は、新鮮で驚きの連続で有りながら、過去に読んだファンフィクション小説により、非常に強い既視感がつきまとう内容でした。
       劇場で観賞しながら、ふと今回のヱヴァQを小説仕立てにして、15年前にweb上でファンフィクション小説として公開したら、原作改変が過ぎる荒唐無稽な物語だとして、読者にはそっぽを向かれるだろうな、と想像し、苦笑をしてしまいました。


  • 最終回は一体どうなる?

 

球体関節人形製作記(その1)

 私は球体関節人形が好きです。2000年に大分市美術館で始まった、「四谷シモン‐人形愛」のポスターを見て衝撃を受けて以来、ずっと独特のエロチックな感じがある、球体関節人形に興味を持っていました。思えば、シュヴァンクマイエルやクエイ兄弟などの作品が好きなのも、この四谷シモン氏もポスターに載っていた「解剖学の少年」の姿に感銘を受けたからかもしれません。
 ・・・とは言うものの、その当時は中高生、不気味が勝って、結局イベントには足を運べずじまいでした。数年経って、あの時のアレはなんだったのだろう、と自分なりに調べ直し、今に至ります。
 人形の写真集を買ったり、動画を見たり、本を読んだりはするものの、今まで球体関節人形そのものを買ったことは一度もありませんでした。田舎なので人形関係のイベントなどは前述の「人形愛」以来開かれたという話は聞かず、勿論専門店などもありません。通販を覗いてみても、好みの人形は恐ろしく高価で、万年金欠の私には手が届きません。何より、人形は欲しいのですが、量販品を買って自分の人形とするのは何か違う気がしていたのです。
 そんなわけで、今まで自分の中で球体関節人形が欲しいという思いを燻らせていたのですが、我慢が利かなくなり、なんとか安価で好みの人形が手に入らないかと調べたところ、石粉粘土で自作するという方法に辿り着きました。

 参考にできそうなサイトは幾つかありましたが、アイミさんの「球体関節人形-黒耀の鏡-」の方法に従うことにしました。

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 参考として購入した本は、アイミさんの「はじめて作る球体関節人形」と、「吉田式球体関節人形制作技法書」です。


 目標は、低価格、高品質! 粘土をこねるのなんて、中学生時代の図工の時間以来ですので、顔が怪物になってしまうかもしれませんが、失敗しても泣かないと心に決めて、とりあえずチャレンジです!

 

  1.  まずは、材料の準備です。近くの手芸店で石粉粘土を、その他の発泡スチロール球や芯材の軽い粘土、その他諸々は100均でまとめて買い込みました。小学生時代にミニ四駆用に使っていたピンバイスやラジオペンチを押し入れの奥から引っ張り出します。
     始めてですので、設計図は「はじめて作る球体関節人形」に付属のものを使わせて貰うことにしました。40cmサイズでしたが、60cmサイズの人形が欲しかったので、拡大してべニヤ板に張り付け、上からラップを貼ります。

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  2.  設計図に併せて、トレーシングペーパーでなぞって型紙を作ります。
     次に芯材作りですが、アイミさんの方法は、サイトでは発泡スチロール塊の削り出し、本では段ボールに軽い紙粘土を巻いて作るという二種類の方法が紹介されていました。折角なので、両方をハイブリットして、段ボール芯に発泡スチロールを重ね、その上から紙粘土を巻いてみることにします。

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    切り終わった段ボールと発泡スチロールを、

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    組んで芯の芯を作り、この上から紙粘土を巻きつけます。

  3.  軽い紙粘土というものを初めて使ってみましたが、重みがなくてふわふわしていて、どうにも変な手触りです。芯をしっかり綺麗な形で作れるかが、今後の作業の成否に大きく関わってくるとあったので、慎重に気合いを入れて、発泡スチロールの上から粘土を巻きつけます。
     

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     大雑把な形が出来上がりました。手足の芯には割り箸を束ねたものを使うとあったのですが、勿体無いので、壊れた竹刀の竹を芯に使ってみましたが、あとから削ったり切ったりするのにえらく手間がかかって後悔しました。

  4.  いよいよ正念場、できた芯にサランラップを巻いて、石粉粘土を巻きつけていきます。体の凹凸や、腕足はこの時に細かく作りこみます。

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  5.  三日ほど乾燥させたら、表面の石粉粘土が固くなるので、鋸で切断して、中の芯を取り出してしまいます。苦労して作った芯がお役御免になってしまうのは寂しい気分です。作業の合間をみて、ころころと関節球も作っておきました。発泡スチロール球に粘土を巻いて球にするのですが、フリーハンドで真球に近い形に丸めるのは、中々神経を使います。

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     作業に並行して、顔も作っておきました。人形はなんといっても顔が命です。随分時間をかけて試行錯誤して、少しづつ人形らしい顔になってきました。

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     ツンとした顔の女の子の顔を作りたかったのですが、こうして見る何だか怒っているように見えます。左右のバランスも悪いし、まだまだ調整が必要のようです。中学生時代にも粘土の顔像を作ったのですが、その時よりは少しは上手くなったでしょうか? 粘土を盛ったり、乾かして彫刻刀で削ったりを何度も繰り返して、少しづつ理想の顔に近づけていきます。

  6.  まだまだ作業は全然途中なのですが、一度パーツを人型に並べてみました。

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     関節の受けもできてないし、手足は調整がまだまだです。胴体も首から鎖骨にかけてのラインがのっぺりしているので、もっと可愛らしく削らなければいけません。問題は山積みですが、こうして並べて、人形としての形が整ってくると、何だか嬉しくなってしまいます。

     殆ど出たとこ勝負で始めた球体関節人形製作ですが、やってみれば思ったよりもできるものだなあ、という感じです。
     これからは、目、手足の指、全体の調整、肌の塗装と、完成品の見栄えに影響する作業ばかりが控えています。
     気合いを入れて、私好みの可愛い人形を仕上げてみようと思います!



骨董スピーカーと部屋の模様替え。

 

 数年前からずっと気にかかっていたのですが、我が家の倉庫の奥では大きな古いスピーカーがずっと放置されていました。
 話を聞くと、どうやら母が私を産む前に買ったものらしく、結構な年代物ではありますが、まだ十分に使えるだろうとのこと。でも一つ16kgという重量のため取り扱いが面倒になり、捨てることすら億劫で、その頑丈な外殻を生かして、ずっと棚の足などに使われていたとのこと。でも、物はいいと自慢げな母でした。
 元来、古いものは大好きな私です。倉庫の奥で外装がボロボロになりながらも鎮座するそのスピーカーにそそられるものがあり、使えるのなら使ってみようと発掘してみることにしました。
 それにしても、一つ16kg、二つで32kgのがっちりしたスピーカーを倉庫から部屋までそれなりに骨が折れました。
 薄汚れていたのを磨いて、型番を見ると、

 
Pioneer S-X50
 

 調べてみると、1980年の発売で、当時の価格は一台が29,800円。それなりに値が張った品のようです。

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 外装は白い引っ掻き傷のようなものが無数にできて、酷くボロボロになっていますが、経年劣化ではなく、表面の樹脂が元々傷つきやすい品のようです。
 兎に角綺麗にして、コーンを掃除機で吸って、アンプに繋いでみました。
 曲目は、「魔法使いの夜サウンドトラック」から、「絢爛/finality」です。
 聞き比べてみると、年代ものにも関わらず、明らかにこのS‐X50の方が音がいい!
 いえ、今まで使っていたスピーカーが中高生の頃に買ったコンポの付属品で、話にならない安物だったというだけの話なのですが。
 私はオーディオオタクではないので、高音域がどうとか、重低音がどうとか、難しいことは分かりません。でも、そんな素人の私にの耳にも明瞭に分かる音の違いです。

 早速今まで使っていたスピーカーと交換して机上に配置……しようと思ったのですが、今まで使ってスピーカーとは大きさが比べ物にならず、今まで机上に本棚を置いてその中にスピーカーを入れていたのですが、そんな真似は到底出来そうにありません。
 頑丈な金属フレームのスピーカーの上に本棚を横倒しに置いて、空いたスペースにディスプレイを納めることにしてみます。

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 ……うーん、どうにも格好悪い。でも、個人的に部屋の配置は使い勝手の良さが一番、見栄えは二の次がモットーです。何より、もう一度重たい本棚やスピーカーを動かすのは面倒なので、これで良しということにしてしまいました。
 

 

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 横倒しで配置した本棚の上に、部屋に転がっていたどうにも使い道のない怪しい品々などを並べてみたのは御愛嬌です。
 後ろに貼ってあったモディリアーニの素描は結構気に入っていたので、下半分が隠れてしまったのはさびしいところですね。
 
 ミーハーではありますが、最近話題の動画、『鉄拳パラパラマンガ「振り子」』が非常に気に入り、使用曲の繋がりから、MUSEのアルバムを何枚か買ってみたのですが、これがとても私好みで、同じく最近買ったDragibusのアルバムと共に、この年代もののスピーカーでヘビーローテーをしています。

 

 

ついでに、最近の庭と盆栽モドキの様子を。

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 スズメガの幼虫達も無事蛹になったのか姿を消し、ムベ(アケビ)がぷっくりと可愛い紫色の果実をつけています。小学生頃に食べたムベ(アケビ)の種をばら蒔いたら生えてきたという、長い付き合いのムベの木ですが、今年は例年になく多くの実をつけているようで収穫が楽しみです。

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 農業祭で買った、槇の節に同じく農業祭で100円で叩き売られていた岩松を植えこんでみました。保水性は良いのですが、排水性が気になります。

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 ラピュタ兵のポットにも、岩松の小苗を埋め込んでみました。前は銀杏の小苗を植えていましたが、どう考えてもこの先成長に難があるので、別の鉢に移し替えです。
 こう見ると、なんだかナウシカの腐海の植物のような趣がありますね。

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 石付けした岩松の小苗達。紅葉の季節です。穴を広げて埋めなおしたり、色々苦心をしています。上手く生育して欲しいものです。

 ではでは、次は最近のめりこんでいる球体関節人形作りの話題などを。



ぷにぷにのスズメガ。

 種をばら蒔いていたら自然生えした裏庭のムベの木ですが、今年もたわわに実をつけています。

 剪定して日光を通したのが吉と出たのか、今年は例年よりも実が大きく、個数も多いようです。

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 紫色に熟すのが今から楽しみですね。

 

 そして、ムベの実と一緒に毎年楽しみにしているのが、この子、スズメガの幼虫です。

 (虫が苦手な人は少し閲覧注意かもしれません)

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 この、ぷにっ! としてむにゅっ! とした素敵な造形がたまりません!

 忌まわしきチャドクガ・イラガは勿論、大量発生するウメエダシャクなど、害虫は大抵取り除いてしまうのですが、このスズメガは個体数も少なく、目に見える被害もそうないので、毎年ムベの木で果実と共に成長を見守っています。

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 この愛らしい姿!

 表皮は柔らかいのにすべすべぷにぷにとしていて触り心地が良く、軽くつつく度に恥ずかしげに身を捩る姿はとってもキューティー!

 毎朝挨拶して様子を確かめるのが最近の日課となっています。

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 もう終齢幼虫のサイズにまで成長したので、もうじき土に潜って蛹になる頃合いでしょう。段々と幼虫達も数を減らしているようです。

 庭作業をしていると、時々このスズメガの蛹が出土することがありますが、この子達の蛹は美しい飴色に艶めいて、部屋に飾って置きたいほどの美しさです。

 触るとビクンビクンと痙攣させるように腹部を動かす姿も愛らしいのですが、あまり蛹に刺激を与えては羽化が上手くいかないことがあるので、そっと土に埋め戻すことにしています。

 

最近の盆栽モドキ。

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 どうしても我慢できずに買ってしまったラピュタ兵の植木鉢。

 とりあえず銀杏とムベの幼木を植えこんでみましたが、どう見ても木本を植えこむには不向きな形状。折を見てピラカンサなどの育てやすい苗に植えかえることにします。

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 ビフォーアフターアボカドの実。

 夏の間に随分大きく成長しました、アボカドの種水栽培7号です。

 葉が大きく美しいので、観葉植物として使えそうですね。

 冬が来る前に室内に取り込むことにしましょう。

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 ちなみに、現在11号が発育中。

 この子も立派に育てばいいのですが。

 

 

 

 

 

 

 

奇物蒐集癖。

 私の下らない趣味の一つに、怪しげなものの蒐集があります。

 骨董市で出ていた怪しげな薬瓶や、アートフェスタで発見した奇妙な絵、田舎の山で拾った白骨に至るまで、私の好奇心をくすぐった変わったもの、おかしなものは見つけたらすぐに懐の中です。

 骨董市などで探すこともありますが、基本お金をかけずに気に入ったものを探すのがこの趣味の醍醐味です。きちんとした審美眼でもあれば、換金性の高いものが集まったのかもしれませんが、タヌキの頭蓋骨を拾ってきて漂白剤に漬けて洗ったり、しょーもないことをして、しょーもないものばかりを集めていっているのが現状です。

 この趣味の発端は、母方の田舎が古い倉のある大きな旧家で、その倉に入り浸り、年月を経た黴臭くも興味深い品々で目を輝かせていた幼い頃の経験でしょうか。

 その倉はもう取り壊されてしまいましたが、家にはまだ私の興味をそそる品々が幾つも残されています。

 以前このブログで取り上げた日本刀も、ここで発見したものでした。http://orangekinoko16.hatenablog.com/entry/2012/04/01/223143

 また幾つか怪しげな品を発掘してきたので、何品かご紹介します。

 

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 鞄。

 一見ただの鞄に見えますが、この鞄、実は表面がすべて「みのむしの蓑」で仕立てられています。虫スキーの私には堪らない一品です。

 

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 糸。

 母の話によれば、どうやら他界した曾祖母が手紡ぎした蚕の絹糸ではないか、ということ。使えるものはできる限り使う主義なのですが、さてさて、何に使ってみましょう?

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日本赤十字社終身社員章綵花・略綬

軍装品の一種らしいです。先の戦争を思わせる一品です。

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大鋸。おが、おおが、と呼びます。

縦引き用の巨大な鋸で、鋸の挽き滓を「オガクズ」と呼ぶのはこれが語源です。

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砥石とワイヤーブラシで磨いてみると、根元には銘らしきものが。

非常に巨大で、どのくらいの大きさかというと、

 

このくらい。

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このくらい。

 

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ちなみに、この怪しげな般若面も、この田舎で発見したものです。

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裏には製作者の名前と日付が。

 

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 さてさて。

 道具が使われないまま古びていくのは見るに耐えず、「道具は使ってこそ」をモットーに、古くなった鎌や鉈などは研ぎなおして役立てたりもするのですが、この大鋸などは、研いでみたところで中々使い道がみつからず、新聞紙に包まって部屋の隅に鎮座しています。材木の縦引きなんてする機会ありませんし、なにより、こんなものとても使いこなせません。

 赤錆が浮いて気になっていたので荒く砥石で磨いたのですが、暇のある時に、もっと綺麗に磨き上げてあげたいものです。

 

 久々に更新しましたが、次はまた庭の畑の近況でも。

イチョウをいじめてみたり。

 たまの道楽でやってる、0円盆栽もどきですが、家の庭に素材にできる実生が大量にあるのを発見いたしました。

 去年の秋に父が公園で拾ってきた銀杏です。

 選別の途中で捨てられたり、余ったりした銀杏が庭の端や堆肥の中で大量に芽ぶいていて、折角ですので曲つけの実験練習に使わせてもらうことにしました。

 まずは、一番スタンダードな針金かけ。盆栽といえば、剪定と針金かけというイメージも強いのではないでしょうか? と言っても専用の針金もなく、目指す樹形もないので、とりあえずまっすぐ伸びていた木を地に這わすように曲げつけてみました。

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 成長期だからでしょうか? 針金で曲げつけて数日で先端が上を向いて伸びはじめ、裏返っていた葉も日光方向へ反転しています。まだ幹が青く針金を外すとすぐ元に戻ってしまうので、当分は固定が必要でしょうか?

 次いで、編みこみ。丁度成長が同じぐらいの二本の苗が自生していたので、ロンギヌスの槍をイメージして、大雑把に寄り合わせてみました。パキラのようにはいきませんが、まだ幼苗で茎が柔らかいので、依り合わせて葉柄を互いにかませるだけで、とりあえず形ににはなってくれました。

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 特に固定はしてないので、何かの拍子でぴよんと外れるかもしれませんが、その時はその時ということで。

 それから、網伏せ。

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 すくすくと真っ直ぐ元気に伸びている小苗達ですが、これに強引に網をかぶせて固定してしまいます。

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 これでもう、この苗達はまっすぐ上には伸びることができず、網の下を這うようにぐねぐねと伸びることになります。

 普通にまっすぐ育ててあげればいいところを、どれもこれも奇形に変形させてしまいましたが、そもそも雑草同様にむしられるか、堆肥の中で腐っていくしか無かった銀杏達なので、生かして肥料をあげてるだけで有り難いと思って貰いましょう。

 盆栽の曲つけは、あまり仰々しく曲げすぎるのも下品とされてますが、私自身性格の曲がった人間ですので、どうも真っ直ぐ育ってるものよりおかしな形をしてるものの方が面白みを感じます。

 網を外すのは9月頃ということですが、面白い形で曲がってくれるでしょうか?

 

 おまけ。

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 田舎の井戸の周りに生えてたコケパック。

 底に砂利土を敷いて、水をこまめに与えてます。繁殖に成功すれば、他の盆栽の表土に植え付けてみます。

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 ドクダミ茶。庭がドクダミに侵食されていたので、大量に刈り取って健康食品ドクダミ茶にすることに。もうすぐ梅雨がくるので、その前に乾いて欲しいのですが。

 

イワヒバの植え替えと石付け

 イワヒバは私の大好きな植物の一つです。盆栽などにも良く使われるシダの一種で、独特の形をした青い葉と、何年でも生き続ける強靭な生命力が魅力です。昔は私の田舎の井戸端にも沢山生えていて、幼少の頃から親しんできた植物でした。

 それが、現在井戸端のイワヒバは田舎の工事の関係でほぼ壊滅状態、私が引き取った一株も世話に失敗して枯らしてしまったという苦い経験があるのですが、挿し芽で繁殖が容易ということで、いつか大量に増やして田舎の井戸端に戻してやろうと密かに企んでいました。そこに都合よく、この度親戚の方から、古くなったイワヒバの盆栽を一鉢頂くことができました。

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 ご覧の通り、数年間放置され乱雑に伸び放題、雑草が侵入して酷い状態でしたが、嬉しいことに、落ちた葉先から芽吹いた新芽が大量に育っていました。

 とりあえず、まずは本体の三本の大株を植え替えることにします。

 鉢から取り出すと、びっしりと根がまわっていて、放置された年月を偲ばせる状態でした。固くなった土を熊手でほぐしながら、水を張ったバケツの中で不要な土を荒い流し、古い根を取り除き、根をほぐして広がれるようにします。

 日向土と桐生砂などで作った水はけの良い土に植え直してみました。

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 ビフォーアフター。三株の高さの違いをもう少しメリハリつけたかったですね。

 右の株についたノキシノブは面白い形に伸びているのでそのまま残しています。

 

 さて、土を洗うと出るわ出るわの大量の新芽。

 一旦別の鉢にまとめて植え付けて、大きく育つのを待つことにします。

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 全部で1ダースぐらいでしょうか?

 岩の上に張り付いてでも生きる強靭な植物なので、根と葉をきちんとセットに植えこめば、それなりに生き延びてくれるはず。成長の遅い植物なので、今後に期待ですね。

 新芽の中では、もうはっきりとイワヒバとしての形がわかるぐらいまでに成長した株もいくつかありました。折角なので、これらの株は石付き盆栽に仕立ててみることにします。

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 庭に転がっていた溶岩質の軽石。

 裏にはナメクジやヤスデが巣を作ってるわ、イラガが繭を作って羽化した形跡があるわの酷い状態でした。

 その分地衣類なども付着して、割合いい風格の石になってくれています。

 これに、金づちと頑丈なマイナスドライバーで4つ程移植用の穴を開けてみました。石を削るので苦労するかと思ったのですが、強度は氷より少し弱いぐらいで、簡単に削ることができました。

 

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 ビフォーアフターその2。水洗いしたイワヒバの青が鮮やかです。

 穴が思ったより小さかったので、根と固定のための砂土を強引に押し込んだので、きちんと付いてくれるか少し心配です。それから穴が小さく水保ちが悪そうなので、小まめに水やりをする必要がありそうですね。

 穴の数だけ、育った子株を4株植え付けてあるのですが、芽吹いたばかりの米粒のような新芽を、石の穴に幾つか押し込んであります。さて、こちらも付いてくれるでしょうか?

 折角なので、化粧砂を敷いて、罅が入ってしまって使えなくなった小鹿田焼の大皿に据えてみましたが、いかがでしょう?

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 現在の我が家の盆栽棚です。玄関の日当たりのいい場所に小物を並べてあります。